番組制作費が3倍以上のNHK - 勝負にならない広告収入 vs 受信料
今週はNHKのEテレの売却についてネットで話題になりました。話題を作ったのはこの記事です↓
正確にはEテレの「電波」の売却なので、Eテレのコンテンツを全てなくせと言っているわけではありません。しかし、見出しに釣られて多くの人がEテレが誇る子供向けのコンテンツがなくなるものだと理解し、「Eテレ売却などけしからん」という意見がネットで多く見られました。
NHKについてはいろいろな批判がありますが、Eテレのほかにも大河ドラマなど、一定の評価を受けているコンテンツがあるのも事実です。一方でNHKを批判する声もよく聞きます。NHK批判としてよく槍玉に上がるのが受信料です。「何でNHK見てないのに受信料を取るんだ?」という当たり前の疑問に対して、NHKが満足のいく回答を提示できていないことが原因です。放送法との絡みもあって、NHK単体でどうにかできる話ではないかもしれませんが、受信料の納付先に文句がいくのは自然なことでしょう。
放送事業で比較するとバカでかいNHK
NHK批判に応えるのは受信料を安くする、あるいはスクランブルをかけてスクランブルを解除したい世帯にのみ受信料を課す仕組みにするのが手っ取り早いです。しかし、受信料収入が下がることで良質なコンテンツがなくなってしまうのではないかという懸念もあります。
では、NHKの事業規模はどの程度なのでしょうか。民放と比較して事業規模が小さければ、コンテンツの質・量に影響を与えることは必至です。一方で、民放よりも事業規模が大きければ、無駄を省いて良いものを残すことは可能でしょう。以下は、NHKと民間キー局の売上を表にしたものです。

ニッポンの数字より著者作成
NHKが一番売上が多いのに間違いありませんが、フジテレビを傘下に置くフジ・メディア・HDもNHKに匹敵する売上です。
しかし、フジ・メディア・HDはフジテレビだけではなく、不動産事業を展開するサンケイビルなど他の事業会社も傘下に置いています。同社のIR資料を見ると、フジテレビの2020年3月期の売上高は2,555億円です。
他の企業もテレビ放送以外に収益源があります。日本テレビHDはフィットネスジムの「ティップネス」を傘下に置いていますし、TBS HDは「東京エレクトロン」の大株主です。それぞれテレビ事業だけ取り上げると、日本テレビの2020年3月期の放送収入2,479億円、TBSは1,820億円となります。
NHKの放送収入に当たる部分は受信料です。NHKも他の民間と同じく、受信料以外の収入もありますが、売上高の9割以上が受信料です。2019年度の受信料は7,115億円でした。これを見ると民間の倍以上の収入を得ていることがわかります。
番組制作費は民放の3倍以上
民間の倍以上の放送収入を得ているのですから、それを元手に作る番組の制作費も大きく違ってきます。フジ・メディア・HDのIR資料を見ると、フジテレビの2020年3月期の番組制作費は802億円でした。一方でNHKは3,605億円です。下記は2020年3月期のNHKと民放各社の番組制作費です。
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NHK 3,605億円
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日本テレビ 952億円
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TBS 994億円
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テレビ朝日 848億円
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テレビ東京 370億円
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フジテレビ 802億円
受信料を半分にしたところで民間の倍以上の番組制作費は確保できそうです。以下はNHKの番組制作費の内訳です。
今回話題に上がったEテレのキラーコンテンツは「青少年・教育」の枠で、番組制作費は234億円。この程度なら、国民一人当たり年間200円程度負担すれば大丈夫です。今後、NHKの民営化等の議論が進み、子供向けのコンテンツの存否が問題になったとしても、この程度の金額なら何かやりようがあると考えていいのではないでしょうか。
広告収入の増加を見込めない民間
NHKと民間テレビ局とでは放送収入で倍以上の開きがありますが、その差はさらに開きそうです。民間テレビ局の放送収入はテレビコマーシャル(広告)から成り立っています。広告収入の推移がわかるものとして、経済産業省が毎月公表している特定サービス産業動態統計調査(特サビ)のデータを見てみましょう。特サビはサービス産業のうち19業種を対象として、その中で広告業の売上も調査しています。
オレンジ色の線がテレビの広告収入の推移になります。直近のピークは2000年で、リーマンショックときにがくんと落ち込みました。その後緩やかに回復していきましたが、直近は3年連続で減少しています。今年度は新型コロナの影響で広告業界が大ダメージを受けているので、4年連続の減少に加え、今年度の大幅減は確実でしょう。
テレビ広告に取って代わってきているのはインターネット広告です。近年は前年比+10%前後で成長を続け、新聞をあっという間に抜き去りました。このペースでいくと10年後にはテレビも抜き去って大きな差をつけていそうです。
民間のテレビ局が放送事業以外のビジネスも展開しているのは、テレビの広告収入では成長を見込めないためでしょう。インターネット広告市場は急成長を続けているので、ネットをうまく活用すればコンテンツ制作でまだまだ食べていけそうな感じもしますが、今は試行錯誤をしている時期といったところでしょうか。
レガシーメディアへの負担は許容できる?
いずれにしても、テレビ広告の成長が見込めない以上、今の形のテレビ放送事業に未来はありません。その未来のない中でも、NHKは今の規模を当面維持することができます。インターネット広告が市場を席巻しても、広告収入に依存しないNHKには関係ありません。
受信料が収入の柱であるNHKは、広告市場の競争とは無関係の立場です。2012年度から名目GDPはプラス成長だったにもかかわらず、テレビ広告市場は直近3年間マイナスでした。今後も落ち込むことは必至で、新聞のような落ち込み方をする可能性もあります。しかし、2020年3月期こそ減少したものの、NHKの売上(≒受信料収入)は右肩上がりです。
テレビ広告収入が減少しているということは、テレビというメディアに魅力がなくなっているということでもあります。今はまだ大きな影響力があり、テレビの世帯保有率も高いです。しかし、新聞の二の舞にならないとは限りません。テレビが廃れた将来、NHKが今の形で存続していたら違和感ありありでしょう。誰もがスマホを使っているのに、公衆電話の存続のためにお金を払わされているようなものですから。
よく言えばレガシー、端的に言えばオールドメディアに対して、お金を負担するのに耐えられる人は少ないでしょう。仮に民放がネット広告を取りにネット配信を進めていけば、受信料を払うの嫌ってテレビを持たなくなる人は増えていくはずです。そうなると、今の受信料システムも立ち行かなくなります。
今はEテレファン、大河ドラマファンを味方につけて、NHK改革を潰すことはできそうです。しかし、味方がいなくなってから改革しようとしたら、改革後の姿は悲惨になっているのではないでしょうか。まだ味方がいるうちに改革をしたほうが残せるもの、残すべきものも残せると思うのですが。
今回引用したEテレ売却の記事は、Eテレの電波に注目した記事です。電波の視点から書いた記事はこちらのほうが詳しいので興味がある方は見てみてください。
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