なぜ物価「上昇」を目標とするのか - 答えは給料が上がるから

物価と聞いて普通の人は何を思うだろうか。モノ・サービスの価格は安いほうがいいに決まっている。しかし、ニュースを見ると政府は物価上昇率2%を目標としており、物価上昇は良いことのようだ。SNSで物価は安いほうがいいなどと言うと、「お前は何もわかっていない」などのリプも飛んでくる。物価上昇が良いということに釈然としはい人たちは多いはずだ。今回のニュースレターではこのへんをスッキリさせよう。
ニッポンの数字 2021.06.20
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物価と聞いて普通の人は何を思うだろうか。モノ・サービスの価格が安いほうがいい決まっている。しかし、政府・日銀は物価上昇率2%を目標にしており、物価が上昇することを是としている。SNSで物価は安いほうがいいなどというと、「お前は何もわかってねえな」とのリプが飛んでくる。何で物価は上昇したほうがいいのか。物価に興味を持ってもらうために個別商品の物価を見て物価に興味を持ってもらい、価が上昇がなぜ経済に良いのか解説する。

6月18日に5月の消費者物価指数が発表されました。NHKは「5月の消費者物価指数 去年同月比+0.1% 1年2か月ぶりに上昇」と報じており、見出しを見ると好意的です。でも消費者物価指数のニュースに関心を持つ人たちってどれだけいるんでしょうか。そもそも物価が上がることは商品価格が上がることなので、消費者心理としてはマイナスです。でも政府は2%の物価上昇率を目標としているから、やっぱり物価は上がるほうがいいのでは…。

今回のニュースレターでは、一般にわかりにくい物価について解説します。最初に結論を言うと、適度な物価上昇は良く、物価下落、いわゆるデフレは最悪です。

洋服は買いやすくなった?

アパレル業界は近年、製造と小売の一体化(いわゆるSPA)が進み、卸売業者を介さずに洋服が店頭に並ぶようになりました。その代表格がユニクロですね。これにより品質の高い洋服が低価格で手に入るようになっています。下記は洋服(衣服)の物価(2015年を100としたときの指数)の推移です。

2020年度の洋服の物価は103.1でした。これは約30年前の1991年度(103.2)と同水準です。しかも1991年度の消費税率はまだ3%で、現在は10%です。物価には消費税分も含まれていますので、洋服の物価は、30年前よりも実質的に低くなっています。30年前の服よりも今の服のほうがデザインも洗練されていますし、生地もしっかりしている印象です。それで価格が30年と同じなら(私の実感として30年前より安い印象なのですが)消費者にとっては嬉しい限りです。

パソコンは品質が上がって物価が下がった

パソコンのスペックは1年経つとだいぶ変わります。私が社会人になりたての15年ほど前はメモリ1GといったらハイスペックPCでしたし、ハードディスクの容量も今と比較すると雲泥の差で、当時「テラバイト」なんて言葉を聞いたことがありませんでした。パソコンの性能はグンと上がりましたが、価格がその性能と比例して高くなったかというとそういう感覚はありません。下記はパソコンの物価(2015年=100)の推移です。

デスクトップ型の2000年度の指数が4000、ノート型は6000をそれぞれ超えています。2020年度の指数はそれぞれ100前後なので実質的な価格は2000年度から40分の1、60分の1になったということを意味します。

ここで注意しておかなければならないのは、物価はスペックを加味しているという点です。パソコンの価格だけで言ったらパソコンの購入費用は今も昔もそれほど変わっていないでしょう。10万円以上出して購入する人が多いのではないでしょうか。物価を見るときには価格とスペックの両方を見ておかなければなりません。

2000年度というとWindow2000の時代です。当時、Windows2000のノートパソコンで20万円したものを現在買うとすると、価格は60分の1、つまり1万2,000円になるということです。逆に今のスペックで20万円するノートパソコンを20年前に買うとしたら60倍の1,200万円するということになります。

ただ、現在でも20万円のノートパソコンは店頭にありますので、価格だけ見るとパソコンの物価は下がっているように思えません。しかし中身を見ると今と昔では雲泥の差。物価は価格だけでなく、その性能や機能も含めて計算します。今も20年前もパソコンの店頭価格に変わりがなければ、その性能などに大きな差があるということですね。

ジャンプの価格は30年で100円アップ

スラムダンクが連載されていた1990年代の前半、ジャンプの価格は190円でした。現在の価格は290円です。長い間少年誌から離れていた世代は今の価格にびっくりするに違いありません。実際に週刊誌の物価の推移を見ると1970年から上昇を続けています。

例に挙げたジャンプなどの書籍の価格上昇は原材料となる紙の価格の上昇が大きな要因です。最近は朝日新聞の値上げが話題になりましたが、これも原材料の上昇が要因の一つとなっているはずです。

物価の構成要素には給料もある

これまで商品別の物価の推移を見てきましたが、これを見て「物価は上昇したほうがいい」という考えにはなかなかならないでしょう。Windows2000のノートパソコンが未だに20万円出さないと買えないような事態はごめんですし、ジャンプが200円以内で買えればそれに越したことはありません。

しかし、物価(価格)には私たちにとってとても重要なものが含まれています。給料です。モノ・サービスが売れなければ、私たちに支払われる給料も影響を受けます。たとえ売れても、過度な値引きをしてしまえば実入りが小さくなってしまうので、給料がアップするようなことは考えにくいです。

とはいえ、これまで見てきたとおり、物価の推移は個別の商品やサービスによって様々で、上昇・下落の要因も異なります。個別の数値を追っても木を見て森を見ずの状態に陥ってしまうわけで、そこで大事になるのが個別物価を足し合わせた全体の物価の動きを見ることです。消費者物価指数には全体を表す「総合」、価格変動の大きい生鮮食品の物価を除いた「コア」、さらに局料とエネルギーを除いた「コアコア」があり、「コア」や「コアコア」で見るのが一般的です。下記はそれぞれの指数の推移になります。

1990年代前半までは上昇を続けてきた物価も、それ以降はほぼ横ばいです。モノ・サービスの価格が上がらなかったので当然給料も上がりません。下記は民間給与実態統計調査の平均年収の推移です。

わかりやすく言うとサラリーマンの平均年収の推移になります。物価と同じく1990年代前半から悲しいくらいフラットです。ていうか1990年代よりも令和の今のほうが年収が低くなっています。

物価が上がる要素としては、書籍のように原材料の高騰もありますが、人件費の高騰もあります。人件費の高騰とというとネガティブな印象を受けますが、言い方を変えれば給料アップです。人手不足による人員引き止めを理由に給与を上げたり、あるいは、市況が良く設備投資に余裕が出てきて高度人材を雇ったりして人件費が上がることもあるでしょう。物価も給料もフラットだったこの30年近く、日本はこうしたハッピーな経済環境を経験してこなかったようです。

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