数字を読み解く技術 ー ファーストリテイリングは好調なの?

数字は比較をすることで意味を帯びます。さらに分解することで深みが増します。数字から意味を見出したいなら、時系列、内訳、関連データも合わせて見ることが必要です。ここではファーストリテイリングの決算を上記の手法で解説してみます。このニュースレターを読み終わった後、冒頭に紹介する新聞記事以上の知見をあなたは得るはずです!
ニッポンの数字 2020.11.23
誰でも

例えばこんな決算記事。

ファーストリテイリングは15日、2021年8月期の連結純利益(国際会計基準)が前期比83%増の1650億円となり、2年ぶりに過去最高を更新する見通しだと発表した。新型コロナウイルス禍で44%減益に落ち込んだ前期から急回復する。コロナ禍がいち早く和らいだ中国を中心に海外で利益を倍増させる。小売りで好調なのはニトリホールディングスなど一部にとどまり、苦戦する他社との格差が鮮明だ。

ファーストリテイリング(以下、ファストリ)はユニクロを展開するアパレル企業です。引用部分は記事のリード部分を抜粋したものですが、記事全体を読んでもユニクロが好調だというトーンです。コロナ前の業績に戻らない企業も多い中、ファストリは好調のようですね。

ファストリが好調だとわかったのは、「前期比83%増」「2年ぶりに過去最高を更新」という部分からでしょう。記事には、

「2021年8月期の連結純利益(国際会計基準)が前期比83%増の1650億円」

とありますが、

「2021年8月期の連結純利益(国際会計基準)が1650億円」

のように「前期比83%増」がなくなってしまうと業績をどう判断したらいいかわからなくなってしまいます。

数字は比較して意味を帯びる

決算に限らず、数字を扱うニュースの肝は比較にあります。1650億円という金額だけを出されても「こんな金あったら一生遊んで暮らせる」くらいのことしか想像できません。ファストリの決算記事の場合、前年との比較があったからこそポジティブな印象を持てたわけです。

でも、比較対象となっている前年(2020年8月期)はコロナでガタガタだった年です。せめて一昨年の純利益と比較したいところですね。下の図はファストリの純利益の推移です。

絵に書いたような、というより絵に書いたまんまのV字回復ですね。ただ、2021年(8月期、予想)と2019年を比較するとどうでしょう? 2021年のほうが純利益が増える見込みですが、2019年とほぼ同水準ですね。2018年ともそれほど大きく変わりません。直近では2016年を底に純利益は上昇基調ですが、その上昇ペースは近年鈍化しています。

冒頭に紹介した新聞記事では「2年ぶりに過去最高を更新する見通し」と書いてありました。これは事実です。しかし、純利益の推移を見てみたら「過去最高を更新する見通し」よりも「例年並の水準に戻る見通し」と書いたほうが本質を言い表しています。

せっかくなので、ファストリの売上の推移のグラフも見てみましょう。

売上はコロナ前までずっと右肩上がりです。純利益と同様に2021年(8月期、予測)はV字回復して、2019年と同水準まで回復する見込みのようです。

他社との比較でさらに理解が増す

ここまではファストリの業績を時系列で見てきました。過去との数字を比較するだけでも業績を考察するのに十分役立ちますが、「他社と比べてどうなのか」というのも気になるところです。以下は主なアパレル企業の売上と純利益の推移を表にまとめたものです。

各企業の有価証券報告書・決算短信から著者作成。2021年は予測。ファーストリテイリングとライトオンは8月期決算、しまむらは2月期決算、コナカは9月期決算、ジーンズメイトは2017年まで2月期決算。それ以外は全て3月期決算。

各企業の有価証券報告書・決算短信から著者作成。2021年は予測。ファーストリテイリングとライトオンは8月期決算、しまむらは2月期決算、コナカは9月期決算、ジーンズメイトは2017年まで2月期決算。それ以外は全て3月期決算。

各企業の有価証券報告書・決算短信から著者作成。2021年は予測。ファーストリテイリングとライトオンは8月期決算、しまむらは2月期決算、コナカは9月期決算、ジーンズメイトは2017年まで2月期決算。それ以外は全て3月期決算。

各企業の有価証券報告書・決算短信から著者作成。2021年は予測。ファーストリテイリングとライトオンは8月期決算、しまむらは2月期決算、コナカは9月期決算、ジーンズメイトは2017年まで2月期決算。それ以外は全て3月期決算。

金額だけ見ればファストリの一人勝ですが、近年の成長力を見るとZOZOとワークマンがファストリを凌いでいます。それ以外は赤字続きのところもあり、10年前から売上は大して変わっていない、あるいは減少さえしています。アパレル企業は優勝劣敗の競争にさらされているようですね。

数字は分解できる

冒頭の記事では「コロナ禍がいち早く和らいだ中国を中心に海外で利益を倍増させる」とも書かれており、ファストリは海外事業が特に好調のようです。

企業の決算短信や有価証券報告書を見ると「セグメント情報」というのがあり、こちらを見るとセグメントごとの売上と利益を見ることができます。ファストリの場合、「国内ユニクロ事業」と「海外ユニクロ事業」というセグメントがあるので、こちらの売上と営業利益の推移を表で見てみましょう。

ファーストリテイリングの有価証券報告書と決算短信から著者作成。

ファーストリテイリングの有価証券報告書と決算短信から著者作成。

この表を見て「えっ」と思う人も多いのではないでしょうか。ユニクロは日本人にとって身近なブランドですが、2018年に日本と海外の売上高が逆転しています。コロナの影響があった2020年を除けば、海外の成長は著しいものがあります。その一方で日本での売上成長は鈍化しており、利益は完全に伸び悩んでいます。国内での成長という点だけ見れば、ZOZOとワークマンに完全に水をあけられています。

この表を見ておわかりの通り、ファストリの業績の鍵は海外事業が握っています。その中でも一足早くコロナの影響から脱したと思われる中国への期待が大きいため、冒頭の記事では「コロナ禍がいち早く和らいだ中国を中心に海外で利益を倍増させる」と書かれていたのでしょう。ただ、国内での成長が鈍化しているのは明らかなので、過去最高益を達成するにはもともと海外事業の持ち直しが不可欠だったのは自明です。

***

ファーストリテイリングの業績を時系列で見て、同業他社とも比較し、最後に売上・利益の内訳も見てみました。私のニュースレターでは分析を他の企業は統計にも当てはめて解説していこうと思います。

最後に冒頭の記事を私だったらどう書くか記しておきます。

ユニクロを展開するファーストリテイリング(ファストリ)の2021年8月期業績(国際会計基準)がコロナ前の水準まで回復する見通しだ。売上高2兆2,000億円、純利益1650億円と、前年からのV字回復を描く。ユニクロと同じく低価格帯の商品を展開するワークマンがコロナ渦でも急成長を遂げているが、ファストリの成長の軸足は海外。V字回復のシナリオを描けるのは中国がコロナ渦からいち早く脱しそうなためだ。同時に発表した2020年8月期決算は売上高が前年比▲12.3%の2兆0,088億円、純利益が前年比▲44.4%の904億円だった。

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